審査情報

II.新規性の判断に関する事例

1.新規性の判断における一応の合理的な疑いについて

(特許法第36条改正に伴う審査の運用指針 第2章 新規性・進歩性等の判断 1.5.4「新規性の判断」参照)

 作用、機能、性質又は特性により物を特定しようとする記載を含む請求項であって、下記i)又はii)に該当するものは、引用発明の対応する物との厳密な一致点及び相違点の対比を行わずに、審査官が、両者が同じ物であるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には、その他の部分に相違がない限り、新規性が欠如する旨の拒絶理由を通知し、両発明が相違する旨の出願人の主張・反証を待つことができる。

(ただし、引用発明を特定するための事項が下記i)又はii)に該当するものであるような発明を引用発明としてこの取扱いを適用してはならない。)

 i)作用、機能、性質又は特性が標準的なもの、当該技術分野において当業者に慣用されているもの、又は慣用されていないにしても当業者が理解することができるもののいずれにも該当しない場合

 ii)作用、機能、性質又は特性が標準的なもの、当該技術分野において当業者に慣用されているもの、又は慣用されていないにしても当業者が理解することができるもののいずれかに該当するが、これらの作用、機能、性質若しくは特性が複数組合わされたものが、全体としてi)に該当するものとなる場合

上記の場合であって、「作用、機能、性質又は特性」により物を特定する記載として数値範囲又は数式(不等式を含む)等を用いた請求項において、一応の合理的な疑いを抱くべき場合とは、例えば以下の場合が考えられる。

@ 請求項に係る発明の「作用、機能、性質又は特性」が他の定義又は試験・測定方法によるものに換算可能であって、その換算結果からみて同一と認められる引用発明の物が発見された場合。
A 請求項に係る発明と引用発明が同じ「作用、機能、性質又は特性」により特定されたものであるが、請求項に係る発明と引用発明の「作用、機能、性質又は特性」の測定条件が異なる場合であって、測定条件と測定値に一定の関係がある結果、引用発明の「作用、機能、性質又は特性」を請求項に係る発明の測定条件で測定すれば、請求項に係る発明に記載された数値範囲又は数式(不等式を含む)等に含まれる値になる蓋然性が高い場合。
B 請求項に係る発明と引用発明が類似の「作用、機能、性質又は特性」により特定されたものであるが、請求項に係る発明と引用発明の「作用、機能、性質又は特性」の評価方法が異なる場合であって、両評価方法に一定の関係がある結果、引用発明の物を本願発明の評価方法を用いて特定すれば、請求項に係る発明に記載された数値範囲又は数式(不等式を含む)等に含まれる値になる蓋然性が高い場合。
C 本願の明細書若しくは図面に実施の形態として記載されたものと同一又は類似の引用発明が発見された場合。(例えば、実施の形態として記載された製造工程と同一の製造工程及び類似の出発物質を有する引用発明を発見したとき、又は実施の形態として記載された製造工程と類似の製造工程及び同一の出発物質を有する引用発明を発見したときなど。)
D 引用発明と請求項に係る発明との間で、「作用、機能、性質又は特性」により表現された発明特定事項以外の発明特定事項が共通しており、しかも当該「作用、機能、性質又は特性」により表現された発明特定事項の有する課題又は有利な効果と同一の課題又は効果を引用発明が有している場合。

2.一応の合理的な疑いを抱いた場合の拒絶理由通知

(特許法第36条改正に伴う審査の運用指針 第2章 新規性・進歩性等の判断 1.6「特許法第29条第1項の規定に基づく拒絶理由通知」参照)

 請求項に係る発明が、第29条第1項の規定により特許を受けることができないものであるとの一応の合理的な疑いを抱いた場合には、その一応の合理的な疑いの根拠を必ず示すとともに、必要に応じて、どのような反論、釈明をすることが有効であるかについても見解を示す。

 例えば、本願請求項に係る物と引用発明の物とが同一でないことを合理的に反論、釈明するために、その物の「作用、機能、性質又は特性」を定量的に比較して示す必要がある場合には、本願請求項に係る物と拒絶理由通知中で引用発明として認定された特定の実施例に係る物とが同一でないことを実験成績証明書によって明らかにする必要がある旨を、拒絶理由通知中に記載する。

 出願人は、拒絶理由通知に対して、意見書、実験成績証明書等により反論、釈明をすることができる。そしてそれらにより、出願に係る発明が第29条第1項の規定により特許を受けることができないものであるとの審査官の心証を真偽不明になる程度まで否定できた場合には、拒絶理由は解消する。審査官の心証が変わらない場合には、新規性の欠如の拒絶理由に基づく拒絶の査定を行うことができる。

3.情報提供によって提出された実験成績証明書等に基づく拒絶理由通知

 「作用、機能、性質又は特性」により物を特定する記載として数値範囲又は数式(不等式を含む)等を用いた請求項に係る発明が、出願前に頒布された刊行物に記載された発明であることを説明するには、一般に、実験によりこれを証明することが必要になる場合が多い。

 情報提供制度においては、上記必要性に鑑み、請求項に係る発明が出願前に頒布された刊行物に記載された発明であることを説明するための「書類」として、実験成績証明書等を提出することができるとしている(情報提供制度の運用指針 3.(4)v)参照)。この際には、証明すべき事項、実験内容、及び実験結果が明確に確認できる程度に必要な事項を記載した実験成績証明書等を提出する。

 このような情報提供によって提出された実験成績証明書等を拒絶理由通知中に引用する場合には、当該通知中に利用する実験成績証明書等の提出日及び実験者の名前等を記載し、引用する証拠を特定する。

 情報提供により提出された実験成績証明書等は、閲覧することができる。

 

 以下に、一応の合理的な疑いに基づき拒絶理由を通知すべき事例、及び実験成績証明書の例を示す。

   
事例1  (類型@の例)
事例2  (類型Aの例)
事例3  (類型Bの例)
事例4  (類型Bの例)
事例5  (類型Bの例)
事例6  (類型Cの例)
事例7  (類型Dの例)
事例8  (類型Dの例)
実験成績証明書の例
別添1  「化学関連分野における審査の運用に関する事例集」について




例1.(類型@の例)  [事例目次へ戻る]

本願明細書

[請求項1]

平均粒子径Rが150〜190μm、且つ空隙量A(cc/g)が下記式を満たすことを特徴とする塩化ビニル系樹脂粒子。

   0.15 logR - 0.11 < A < 0.34

引用文献

[発明の名称]

塩化ビニル樹脂の造粒方法

 

 

 

[実施例]

……平均粒子径が180μm、ポロシティが27%であるポリ塩化ビニル樹脂を懸濁重合法により製造した。そしてこのポリ塩化ビニル樹脂を、……。


[解説]

引用文献に記載されたポリ塩化ビニル樹脂の平均粒子径の値を請求項に記載された式の左辺に代入すると0.15log180 - 0.11≒0.228となる。また、ポリ塩化ビニル樹脂の比重dが通常1.16〜1.55であることから、ポロシティが27%であるポリ塩化ビニル樹脂の空隙量A(cc/g)は、単位体積あたりの空隙/単位体積あたりの重さ、すなわち、0.27/(1-0.27)dより求めることができ、A=0.239〜0.319となる。よって、引用文献に記載されたポリ塩化ビニル樹脂は請求項の式の関係を満たすものであるから、引用文献に記載されたポリ塩化ビニル樹脂は、請求項に係る塩化ビニル系樹脂と同一であるとの一応の合理的な疑いが成り立つ。



例2.(類型Aの例)  [事例目次へ戻る]

本願明細書

[請求項1]

フィルム中に平均粒径が0.03〜0.2μmの無機粒子を小粒径粒子として0.1〜0.6重量%、さらに平均粒径が0.3〜1.2μmの無機粒子を大粒径粒子として0.002〜0.03重量%含有し、かつ大粒径粒子と小粒径粒子との平均粒径差が0.2μm以上であり、フィルム厚みが6.0〜10.0μmで、かつ、90℃で1時間放置した場合の熱収縮率が0.8%以下である二軸配向ポリエステルフィルム。

 

 

[発明の詳細な説明]

……。本願発明のフィルムにおいては、90℃で1時間放置した場合の熱収縮率が0.8%以下であることが必要である。熱収縮率がこれより大きいと、テープにしたあとも熱的非可逆変化が生じるため好ましくない。……

引用文献

[発明の名称]

二軸配向ポリエステルフィルム

 

 

 

 

 

 

[実施例]

平均粒径0.1μmのシリカ粒子を0.5重量%、平均粒径0.5μmの炭酸カルシウム粒子を150ppm含有するポリエチレンテレフタレートを押出して未延伸フィルムを作成した。このフィルムを、縦方向に150℃で3.9倍延伸した後、横方向に130℃で4.0倍延伸し、200℃で6秒熱固定して厚み8μm のフィルムを得た。このフィルムを150℃で1時間放置した場合の熱収縮率を測定したところ、1.4%であった


[解説]

請求項に係る発明のフィルムと引用文献に記載されたフィルムとでは、熱収縮率を測定するための加熱温度が相違しているため、熱収縮率を比較することができない。しかし、一般的に寸法安定性を求めるポリエステルフィルムでは、熱収縮率は測定温度が低くなるほど小さくなるものであるから、引用文献に記載されたポリエステルフィルムの熱収縮率を90℃で測定すれば、請求項に係る発明の値の範囲に含まれる蓋然性が高い。よって、請求項に係る発明のフィルムは、引用文献に記載されたフィルムと同一であるとの一応の合理的な疑いが成り立つ。



例3.(類型Bの例)  [事例目次へ戻る]

本願明細書

[請求項1]

粒子を含有する熱可塑性樹脂からなるA層を、粒子を含まないポリエステルからなるB層に積層した積層フィルムにおいて、A層の表面には平均高さ0.12μm以下の突起が1.6×104〜1.6×105個/mm2の割合で形成され、かつその三次元中心面平均粗さSRaが0.002〜0.02μmである積層フィルム。

[発明の詳細な説明]

……。表面粗さは(株)××製作所の高精度表面粗さ計△△を用いて測定し、カットオフ0.25mm、及び△×の条件で測定した。三次元中心面平均粗さSRaは、粗さ表面からその中心面上に、面積SMの部分を抜き取り、その抜き取り部分の中心面に直交する軸をZ軸で表し、次の式で得られた値をμm単位で表す。

SRa = 1/SMLXLY|f(X,Y)|dxdy
         0   0

(ただし、LX・LY=SM

……

引用文献

[発明の名称]

積層フィルム

[発明の詳細な説明]

……。中心線表面粗さRaはJIS B0601に準じ、(株)××製作所の高精度表面粗さ計○○を用いて測定し、カットオフ0.08mm、及び○×の条件下にチャートを書かせ、フィルム表面粗さ曲線からその中心線の方向に測定長さLの部分を抜き取り、その抜き取り部分の中心線をX軸、縦方向をY軸として粗さ曲線をY=f(X)で表したとき、次の式で得られた値をμm単位で表す。

  Ra = 1/L ∫L|f(X)|dx
            O

この測定は、基準長を1.25mmとして、4個行いその平均値で表す。……

 

[実施例]

平均粒径0.05μmのタルク粒子を40重量%含有させたポリエチレンと、粒子を含有しないポリエチレンテレフタレートを…の条件で共押し出しし、延伸、熱処理して9.8μmの二軸配向フィルムを得た。ポリエチレン層の表面には、0.1μm以下の微小突起が55000個/ mm2の割合で形成され、その中心線表面粗さRaは0.009μmであった。


[解説]

請求項に係る発明のフィルムと引用文献に記載されたフィルムとでは測定された表面粗さの評価方法が相違しているためこれを直接比較することができない。しかし、本願明細書にも、引用文献中にも、フィルム表面粗さに方向性や特定の分布があるとの記載がないこと、及び、表面粗さに方向性や特定の分布のない通常のフィルムであれば、その三次元中心面表面粗さの値と中心線表面粗さの値とは、具体的な測定条件の違いを考慮してもほぼ同様になるものと推測できることからすれば、引用文献に記載されたフィルムの表面粗さを三次元中心面平均粗さにより評価すれば、請求項に係る発明の値の範囲に含まれる蓋然性が高い。よって、請求項に係る発明のフィルムは、引用文献に記載されたフィルムと同一であるとの一応の合理的な疑いが成り立つ。



例4.(類型Bの例)  [事例目次へ戻る]

本願明細書

[請求項1]

平均粒径が0.02〜1μmの範囲であり、かつ下記式で定義される外接円に対する面積率が90%以上で、粒子径の標準偏差値が1.1〜1.2であるプラスチック配合用シリカ微粒子。

                粒子の投影断面図
外接円に対する面積率=
―――――― ×100
          粒子に対する外接円の面積

[発明の詳細な説明]

……。シリカの粒子形状は重要であり、真球状に近いものを用いたほうが滑り性や耐摩耗性に優れたシートが得られる。真球度の評価方法としては外接円に対する面積率を用いる。具体的には、平均粒子径の測定に用いた電子顕微鏡写真の像から任意の20個の粒子を選び、それぞれの粒子について投影断面積を画像解析装置で測定した。また、それらの粒子に対する円の面積を算出することにより、面積率を求めた。……

引用文献

[発明の名称]

充填剤

 

[発明の詳細な説明]

……。本願発明のプラスチック用充填剤を構成する球状シリカ微粒子は、個々の形状が極めて真球に近い球状であり、これを、長径aと短径bの粒径比b/aで評価する。粒径比の測定には電子顕微鏡写真を用いる。

[実施例]

……。これらのシリカ微粒子からなる充填剤の形状及び粒子径の標準偏差値を以下に示す。

  平均粒子径
(mμ)
粒径比
b/a
標準偏差値

実施例1

25

0.90

1.1

実施例2

35

0.89

1.2

実施例3

50

0.88

1.3


[解説]

請求項に係る発明のシリカ微粒子と引用文献に記載されたシリカ微粒子とでは、真球度の評価方法が異なっており、直接比較することができない。しかし、引用文献に記載されるシリカ微粒子は、真球度が高く微細であることから、その面積率は、その投影断面形状を楕円として概略換算でき、また、請求項に係る発明のシリカ粒子も同様に微細であるから、表面性状の面積率に及ぼす影響が極めて小さい。このことからすると、粒径比が0.9である引用文献に記載されたシリカ微粒子の真球度を請求項に記載された面積率により測定すれば、請求項に係る発明の範囲に含まれる蓋然性が高い。よって、請求項に係る発明のシリカ微粒子は、引用文献に記載されたシリカ微粒子と同一であるとの一応の合理的な疑いが成り立つ。



例5.(類型Bの例)

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本願明細書

[請求項1]

天然ゴム及びジエン系合成ゴムから選ばれる少なくとも1種のゴム100重量部にCTAB吸着比表面積70〜123m2/g、DBP吸油量が110〜155ml/100gであるカーボンブラックを30〜60重量部配合した耐摩耗性に優れたタイヤ用ゴム組成物。

 

[発明の詳細な説明]

………。本願発明のタイヤゴム組成物は耐摩耗性向上のために、表面細孔が非常に少ないカーボンブラックを用いている。……

[実施例]

本願実施例では以下のカーボンブラックを用いた。

No

1

2

3

CTAB(m2/g)

72

96

105

DBP(ml/100g)

143

146

138


CTAB吸着比表面積(CTAB:セチルトリメチルアンモニウムブロマイド) ASTM D3765-80

*DBP(ジブチルフタレート) JIS K6221

引用文献

[発明の名称]

高耐摩耗性カーボンブラック

 

 

 

[発明の詳細な説明]

………。本願発明のカーボンブラックは表面の細孔数を少なくしたため、耐摩耗性が優れている。……

[実施例]

……。作成したカーボンブラックの、窒素吸着比表面積(N2SA)及びDBP吸油量は以下の通りであった。

No

1

2

3

N2SA (m2/g)

99

125

138

DBP(ml/100g)

143

149

121

*N2SA ASTM D3037-88

*DBP JIS K6221

上記カーボンブラックをジエン系合成ゴム100重量部に対し45重量部配合してゴム組成物とし、これを用いて常法によりタイヤを製造した。これらのタイヤの耐摩耗性を以下の条件により測定した。……


[解説]

引用文献には、カーボンブラックのCTAB吸着比表面積の値については記載されていない。

通常、CTAB吸着比表面積はカーボンブラックの表面細孔部分を含まない有効比表面積を表し、これに対し窒素吸着比表面積は、カーボンブラックの表面細孔部分を含んだ全比表面積を表すものではあるが、耐摩耗性に優れた、表面細孔の少ないカーボンブラックであれば、CTAB吸着比表面積と窒素吸着比表面積の値はほぼ同程度の値となると考えられる。よって、引用文献に記載されたカーボンブラックのCTAB吸着比表面積を測定すれば、請求項に係る発明の範囲に含まれる蓋然性が高いから、請求項に係る発明のゴム組成物は、引用文献に記載されたゴム組成物と同一であるとの合理的な疑いが成り立つ。



例6.(類型Cの例)

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本願明細書

[請求項1]

重合度100〜300、エチレン含量が20〜40重量%であり、かつ、ドローダウン特性が20〜50m/minであるエチレン−プロピレン共重合体。

〔ドローダウン特性とは、200℃に加熱した溶融オレフィン系樹脂を開口断面が幅2mm、長さ5mmであるダイより1mm/sの一定速度で紐状に押出し、次いで該紐状物を該ノズルの下方に位置する張力検出プーリーの上方に位置する送りロールを通過させた後、巻取る一方で巻取ロールの巻取速度を徐々に増加させていった切断時点における紐状物の巻取速度をいう。〕

[発明の詳細な説明]

ドローダウン特性が20〜50m/min以下であるエチレン−プロピレン共重合体を得るためには、通常、重合度100〜300、エチレン含量が20〜40%のエチレン−プロピレン共重合体を反応器中で撹拌しながら不活性ガスで反応容器を置換し、次いで過酸化物を樹脂に5〜10mmol/kg添加し、撹拌を続けながら100〜120℃で5〜7分程度加熱して反応させる。

引用文献

[発明の名称]

エチレン−プロピレン共重合体

 



 

 

 

[実施例]

反応容器中にエチレン−プロピレン共重合体(重合度200、エチレン含量が30重量%)100gにペルオキシカーボネートを 0.8mmol添加し、アルゴンガス中で撹拌を続けながら90℃で10分反応させた後、反応を停止させ、エチレン−プロピレン共重合体を得る。


[解説]

引用文献には、エチレン−プロピレン共重合体のドローダウン特性について記載されていないが、引用文献に記載されたエチレン−プロピレン共重合体は、請求項に係る発明と同じ出発原料を用いて、ほぼ同じ製造工程で製造されたものである。よって、請求項に係るエチレン−プロピレン共重合体は、引用文献に記載されたエチレン−プロピレン共重合体と同一であるとの一応の合理的な疑いが成り立つ。



例7.(類型Dの例)

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本願明細書

[請求項1]

不活性粒子を3〜15重量%含有し、厚さが20μm以下であるポリエステルフィルムにおいて、含有される粒子の平均粒径dと基材フィルムの厚さtとの比d/tが0.01〜0.04であり、かつ、面配向係数Nsと平均屈折率naとの関係が

Ns≧1.53na−2.33

である磁気記録媒体用ポリエステルフィルム。

[発明の詳細な説明]

…………Ns≧1.53na−2.33の関係を満足するフィルムは、縦方向及び横方向のヤング率は共に750 kg/mm2以上と高く、かつ、上記関係を満たすと、磁気テープとした時の電磁変換特性も+2.0 dB以上と優れている。……

[実施例1]

…………。このようにして得られたポリエチレンテレフタレートフィルムのヤング率を測定すると、縦方向が850kg/mm2、横方向が750 kg/mm2であり、電磁変換特性は+2.0dBであった。

[実施例2]

…………。このようにして得られたポリエチレン−2,6−ナフタレートフィルムのヤング率を測定すると、縦方向が750kg/mm2、横方向が870 kg/mm2であり、電磁変換特性が+2.2dBであった。

引用文献

[発明の名称]

磁気記録媒体用ポリエステルフィルム

 

 

 

 

 

 

 

 

[実施例]

平均粒径が0.2μmの酸化チタンを10重量%含有した、ポリエチレンテレフタレートを300℃で溶融押出し、これを急冷固化して180μmの未延伸フィルムを得た。これを150℃の温度で縦方向、横方向とも3.7倍に延伸し、その後210℃で10秒間熱処理して、厚さ6.5μmの延伸フィルムを得た。このフィルムのヤング率は、縦方向870 kg/mm2、横方向900kg/mm2であり、電磁変換特性は+3.0dBであった。


[解説]

引用文献には、面配向係数Nsと平均屈折率naがNs≧1.53na−2.33の関係を満たすことについて記載はない。しかし、本願明細書の発明の詳細な説明中には、当該関係を満たすことにより得られる効果として、縦方向、横方向のヤング率及び電磁変換特性が向上することが記載されており、かつ、その具体的値は、引用文献に記載されたフィルムのヤング率、電磁変換特性の値と同程度である。よって、請求項に係る発明のフィルムは、上記面配向係数Nsと平均屈折率naの関係を満たすことによる有利な効果と同程度の効果を奏する引用文献に記載されたフィルムと同一であるとの一応の合理的な疑いが成り立つ。



例8.(類型Dの例)

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本願明細書

[請求項1]

フィルム表面に形成された突起の高さh(nm)の個数が

1≦h<100: 1000〜20000個/ mm2

100≦h:   0〜50個/ mm2

で示される範囲であり、かつフィルム表面粗さRaが2〜10nmであることを特徴とするポリエチレン−2,6−ナフタレートフィルム。

[発明の詳細な説明]

……。1≦h<100:1000〜20000個/ mm2、100≦h:0〜50個/ mm2の関係を満足するものが、ベースフィルムの取り扱い性が良好で、磁気テープとした時の走行性に優れている。……また、表面粗さRaが2〜10nmの範囲にあるものは、ベースフィルム取り扱い性、磁気テープとした時の走行性が良好である。……

[実施例]

 

実施例1

実施例2

比較例1

比較例2

表面突起数

1≦h<100

100≦h

 

15325

10

 

3840

14

 

22389

120

 

21309

21

Ra(nm)

8

6

29

12

走行耐久性

×

巻き上がり良品率

95%

98%

72%

85%

引用文献

[発明の名称]

磁気記録用フィルム

[請求項1]

……であり、かつ表面粗さRaが3〜8nmである磁気記録用フィルム。

 

 

 

[発明の詳細な説明]

……。本願発明の表面粗さを満たすフィルムは、フィルム取り扱い性、磁気テープとしたときの走行性が良好である。また、表面粗さの範囲が本願発明の範囲を満たすものであっても、突起高さが著しく高いものがあると磁気テープとした時の走行性に悪影響を与えるので、粗大な突起を含まないようにすることが好ましい。……

[実施例]

……の条件で延伸、熱処理して、ポリエチレン−2,6−ナフタレートフィルムを製造した。

このフィルムの中心線表面粗さRaは5nmであった。このフィルムを磁気テープとした時の走行性は従来のものに較べて非常に優れており、テープ製造時の巻き上がりも良好であった。……


[解説]

引用文献には、突起の高さと個数の関係が1≦h<100:1000〜20000個/ mm2、100≦h:0〜50個/ mm2の範囲を満足することについては記載されていない。本願の発明の詳細な説明によれば、上記突起高さと個数との関係を特定することにより得られる効果は、表面粗さの範囲を特定することにより得られる効果(フィルム取り扱い性及び走行性向上)と同じであり、しかも本願の比較例としては、突起高さと個数との関係、及び表面粗さの範囲の両方の条件を満たさない場合の例しか挙げられていないから、上記突起高さと個数との関係を特定することによる単独の効果については確認できない。一方、引用文献にも、表面粗さの範囲の条件を満たしても突起高さが著しく高いものがあると走行性に悪影響を与えると記載されているから、走行性を向上させるという課題及びそのために表面粗さと粗大な突起の両方をコントロールする必要があるという解決手段については認識されている。そして、引用文献に記載されたフィルムも、走行性、テープ取り扱い性に関する効果を奏するものである。してみれば、請求項に係る発明の、上記突起高さと個数との関係を特定することの課題・効果と、引用文献に記載されたフィルムの有する課題・効果に実質的な差異があるとは認められないから、請求項に係る発明のフィルムは、引用文献に記載されたフィルムと同一であるとの一応の合理的な疑いが成り立つ。



実験成績証明書の例(刊行物に記載された物が請求項に係る発明の物と同一であることを証明する場合)

 

                実験成績証明書

                          

平成 年 月 日
                       
・・株式会社・・研究所
△△ △△ 印   

  1. 実験日
  2. 実験場所
  3. 実験者

    ・・株式会社・・研究所 

        ○○ ○○        

  4. 実験の目的

     例えば、以下のように記載する:

    「特開平○○−○○○○○○号公報の実施例1に開示されたポリエチレンフィルムを製造し、得られたフィルムの××、及び△△を測定し、請求項に係る発明のポリエチレンフィルムと、上記公報の実施例1に記載されたポリエチレンフィルムが同一の物であることを確認する。」

  5. 実験内容

       刊行物に記載された物を忠実に再現したものであることが明確になるように、当該物を製造するための製造条件を具体的に示す。(「特開平○○−○○○○○○号公報の実施例1に準じてフィルムを製造した」のみの記載では不十分な場合がある。)

      当該製造に際し、新たな条件を設定した場合や、刊行物に記載された条件とは同条件で実験できない場合には、その理由についても併せて記載する。

     次いで、刊行物に記載された物が再現できたことを確認するために、刊行物中で測定された物性を測定し記載する。

  6. 実験結果

   刊行物に記載された物が請求項に係る発明の物と同一であることを確認するために、必要な物性をすべて測定し記載する。当該物に関する物性を測定する際には、請求項に係る発明で用いられた測定条件と同じであることが明確となるように当該条件を具体的に示す。(「請求項に係る発明と同様の条件により××、及び△△を測定した」のみの記載では不十分な場合がある。)当該測定に際し、新たな条件を設定した場合や、請求項に係る発明に記載された条件とは同条件で実験できない場合には、その理由についても併せて記載する。  





                                                      別添1

   「化学関連分野における審査の運用に関する事例集」について  [事例目次へ戻る]

                                                                                                           

 「化学関連分野における審査の運用に関する事例集(案)」について、本年4月にこのホームページを通じて意見を募集したところ、多数のご意見、ご質問をいただきました。この度、いただいたご意見を反映し、「化学関連分野における審査の運用に関する事例集」を公表することとなりました。

 いただいたご質問のうち、代表的なものについて、以下に回答を示します。

 

Q1.当初明細書に薬理データが記載されていない化合物についての扱いが、例4においては、薬理データを意見書又は実験成績証明書等で提出しても拒絶理由が解消しないとされ、例6においては、薬理データを意見書又は実験成績証明書等で提出することにより拒絶理由が解消するとされるのはなぜか?

<A>

 例6では、一部の化合物について薬効を確認した薬理試験方法と薬理データが当初明細書に記載されているので、これ以外の化合物についても、これと同様の試験方法を用いれば、薬効の確認ができる。したがって、薬理試験方法と薬理データが当初明細書に記載されていない化合物について、当初明細書に記載されたものと同様の試験方法で同様の結果が得られたことを示した意見書又は実験成績証明書が提出されれば、拒絶理由は解消する。

 これに対し、例4は、当初明細書に薬理試験方法と薬理データが記載されておらず、しかも出願時の技術常識を考慮しても薬効が推認できる程度に発明の詳細な説明が記載されていないという例である。実施可能要件の判断はあくまで当初明細書の記載と出願時の技術常識に基づいてなされることから、例4の場合には意見書又は実験成績証明書で薬理試験方法及び薬理データが示されても、これを採用することができず、拒絶理由は解消しない。

Q2.例4の拒絶理由の概要において「…薬理データ又はそれと同視すべき程度の記載」とあるが、「同視すべき程度の記載」に数値範囲データ(例えば、IC50〇〜〇μg/l)は含まれるのか?

<A>

 例4は、単一の特定成分Aを有効成分とする制吐剤をクレームしたものであるから、例えば、成分AについてIC50などの合理的な数値範囲が記載されており、それが試験により確認されたものであると推認できる程度の記載が明細書にある場合には、「同視すべき程度の記載」として扱われる。

 なお、有効成分が択一形式で記載された医薬用途クレームについては、例えば、そのうちの特定成分についてIC50などの合理的な数値範囲が記載されており、それが試験により確認されたものであると推認できる程度の記載が明細書にある場合に、「同視すべき程度の記載」として扱われる。

Q3.90℃での熱収縮率を特定することと150℃での熱収縮率を特定する ことは全く違うフィルムの特性の改善を狙っていると考えられるから、一慨に引例と同一とは言えないという論拠で拒絶理由に対し反論することはできるか。その場合、同一ではないと認められるか。

<A>

 引用発明のフィルムの熱収縮率を90℃で測定して本願発明のフィルムと同じ熱収縮率になれば、引用発明のフィルムは本願発明のフィルムと同一であると認めざるを得ない。

 よって、意見書中で単に測定温度の違いや効果を主張しても、新規性欠如に関する拒絶理由は解消しない。




[更新日 1999.10.26]